承徳の避暑山荘と外八廟
燕山山脈の中腹にある文化遺産。 国内最大の宮廷庭園、チベット仏教の寺院など、見所の豊富なスポットです。
承徳
北京の北250Kmに位置する承徳は、燕山山脈の険しい山々に囲まれた涼しい高原地帯にあり、明清の昔から避暑地として有名でした。清代に皇帝の離宮が置かれて以後、清の副都のような存在になっていきました。
避暑山荘
避暑山荘は清の皇帝がかつての首都である奉天(瀋陽)へ行き来する際、立ち寄る場所として87年間にわたり整備された離宮です。 この離宮の整備にあたっては蘇州の寒山寺などが参考にされています。
避暑山荘は、現存する中国の離宮の中で最大の面積である564k㎡の広大な面積を持ち、大きく分けて宮殿区と苑景区に分けられます。
外八廟
避暑山荘の周りを取り巻く寺廟が外八廟です。 外八廟に含まれる寺社には多数ありますが、初期に建てられた溥仁寺と溥善寺以外はすべてチベット様式で建てられています。
チベット様式の寺廟を建てたのは乾隆帝です。 乾隆帝は自分を転輪聖王と認識していたとされ、チベット仏教を寺廟を建ててその徳により治めようとしたとも言われています。 ポタラ宮をモデルにして建造されたのが「普陀宗乗之廟(ふだしゅうじょうしびょう)」であり、チベット様式と中国の様式を折衷した代表的様式として知られています。
乾隆帝がラサに画工と測量士を送り込んで実際のラサの調査をさせその上でこの建造物を建てたといわれており、小ポタラ宮と称されることもあります。
平遥古城(へいよう・こじょう)
山西省省都・太原から南へ100キロの地点にある平遥県の古い城郭都市です。。 平遥は清代末期までは山西商人の拠点であり、中国の金融中心地でした。中国では長い歴史の中で戦火にあったり、改築されて昔の都市がそのまま残っていることは非常に少ないのですが、この平遥古城には14世紀の明代始めに造営された町がそのまま残っています。「城」は中国語では城壁に囲まれた町を意味しており、明代から清代にかけての中国の典型的な城郭(城牆)、街路の配置、商店や住居など清代古建築の町並みを色濃く残している、古代文物の宝庫です。文化遺産。
天津
天津は中国にある4つの直轄市の一つで、首都・北京の海への玄関口として古くから栄えてきました。 環渤海湾地域の経済的中心地であり、中国北方最大の対外開放港でもあります。首都北京市とは高速道路、高速直通列車、北京・天津高速鉄道によって2 – 0.5時間以内で結ばれています。
「天津」の名は『天子が海河を渡った渡し場』という意味から由来しています。 天津のみどころは大きく分けて3つのタイプです。 まず、古文化街や天后宮に代表されるような、旧市街に広がる観光地で、悠久の中国の歴史に育まれた建築や文化に触れることができます。 次に 天津の街を特徴付けている旧租界時代の風景です。ヨーロッパ風の建築が並ぶ雰囲気は他では得られないものです。 最後は北郊外にある万里の長城をはじめとする観光地です。
鼓楼
明代に天津城のあった「旧城」の中心「鼓楼」を中心に十字に広がる商業街で、古文化街の西側に位置しています。
「鼓楼」のわきには1907年創建の「天津劇場博物館(旧広東会館)」があります。 四合院様式の壮麗な建物で、京劇の名優・梅蘭芳も出演したことのある名劇場です。 劇楼と呼ばれる中国の伝統的な舞台構造が見もので、民族演劇の写真や台本などの展示もあります。 鼓楼文化街では、古文化街同様、様々な天津の特産品や雑貨などが売られています。
古文化街
以前は「宮南大街」「宮北大街」と呼ばれ、古城の東側一帯に古くから栄えた文化と商業の集中した地域でしたが、市政府が北京の琉璃廠を参考に清代の街並みを再現すべく大規模な修復作業を行い集客施設として人々に開放したのが現在の「古文化街」です。
エリア内を南北に突き抜ける通りは全長680mで敷地面積は13.9ヘクタール。 「通慶里」「玉皇閣」「天后宮」などの歴史的観光資源をはじめ、「果仁張」「泥人張」など天津を代表する「老字号」が軒を連ねています。また、天津ならではの楽器や玩具、装飾品などを売る店が街道の両脇にずらりと居並ぶ風景も見どころの一つです。
金街
海河の西側に広がる前兆2138mの通りで、天津でもっとも賑やかなとおりのひとつです。 西側はヨーロッパ風の建物がほとんどで日本風のものもあります。 100年以上の歴史を持つ建築物も多数あります。
天津テレビ塔
天津市区南西の衛津河のほとりに立つ天津テレビ塔は、1991年10月に建設された高さ415.2mの電波塔であり、正式名称は「天津広播電視塔(天津テレビ塔)」といいます、 天津のランドマークとも言うべき建物であり、塔の最上階のパノラマ展望台からは天津市内を一望することができます。
世界で唯一の水中タワーでもあります。
黄崖関長城
天津から100kmの「薊県(けいけん)」に位置する万里の長城の一部であり、“天津十景”の一つで、国家AAAA級に指定されている景勝地です。 北斎代に築造され明代に大掛かりな改修工事を行っています。 険しい崖や急勾配の場所に築かれたこの城壁は、長城の各施設がそろい「万里の長城の縮図」と言われています。













